はじめに
近年、地球温暖化を中心とする気候変動が深刻さを増しており、私たちの生活や生態系に大きな影響を及ぼしています。気温の上昇、海水面の上昇、異常気象の頻発など、その影響は世界中で顕在化しつつあります。
国際社会は、2015年のパリ協定で、産業革命以前と比べて世界的な平均気温の上昇を2℃より十分下方に抑え、1.5℃に抑える努力を追求することを目標に掲げました。
この目標達成に向けて重要な概念となるのが「カーボンバジェット」です。 本記事では、カーボンバジェットの概念や計算方法、各国の現状、そして私たちができる取り組みについて詳しく解説します。
カーボンバジェットとは
カーボンバジェットの定義
カーボンバジェットとは、世界の平均気温の上昇を一定の水準に抑えるために、今後私たちが大気中に累積できるCO2(二酸化炭素)の総累積量を指します。
つまり、私たちに残された「CO2排出枠」とも呼べるもので、気候変動対策を議論する上で非常に重要な指標となっています。
2015年のパリ協定では、産業革命以前と比べて世界的な平均気温の上昇を2℃より十分低く抑え、1.5℃以内に抑える努力を追求することが目標とされました。
この目標を達成するためには、CO2排出量を大幅に削減し、カーボンバジェットを使い果たさないようにしなくてはなりません。
カーボンバジェットの現状
1.5℃努力目標達成のためのカーボンバジェットは、2022年時点で残り3,800億トンと推定されています。
2022年における世界の年間CO2排出量は約406億トンでした。つまり、CO2排出量削減が実現できなければ、2031年にはカーボンバジェットを使い果たしてしまうことが確実な状況です。
私たちに残された時間は限られており、早急な対策が求められています。
カーボンバジェットの計算方法
ここまで、1.5℃努力目標の達成にはカーボンバジェットを使い切らないことが重要であることを確認してきました。
そもそも、カーボンバジェットはどのように計算されているのでしょうか?その大枠について見ていきましょう。
気候モデルの活用
カーボンバジェットの計算において、気候モデルは重要な役割を果たしています。 気候モデルとは、大気、海洋、陸面、雪氷圏などの気候システムの各要素をモデル化し、それらの相互作用をコンピュータ上でシミュレーションするものです。
簡単な放射強制力モデルから詳細な一般循環モデル(GCM)まで複数の種類があり、異なるスケールや詳細度で気候システムをシミュレートします。
カーボンバジェットの計算では、特に将来の気候予測実験の結果が重要です。気候モデルを用いて、ある排出シナリオ下での気温上昇を予測し、それが目標とする気温上昇に収まるかどうかを評価することになります。
その結果から、目標達成のために許容される累積CO2排出量、つまりカーボンバジェットが導き出されます。
不確実性と予測モデルの限界
前述の通り、カーボンバジェットの計算には気候モデルを用いた予測が不可欠です。
しかし、気候システムの複雑さゆえに、モデルには不確実性が伴います。
例えば、気候感度の推定値の幅や、他の温室効果ガスの排出、土地利用の変化によるCO2吸収量の変化など、様々な変数がカーボンバジェットの計算に影響を与えます。しかし、それら全ての動きを完璧に予測することは困難です。
また、エアロゾルの影響、炭素サイクルフィードバック、地域別の気候影響なども全体の不確実性に寄与しています。
確かに、モデルの改良や観測データの蓄積により、予測の精度は向上していると言われています。しかし、完全な予測は依然として難しいということもあわせて認識しておく必要があります。
カーボンバジェットと各国のCO2排出量
カーボンバジェットは地球単位で計算されているため、世界の国々が協力しながらCO2排出量の削減に取り組むことが重要です。
このセクションでは、現在世界の国々がどの程度CO2を排出しているのかについて紹介します。
主要国のカーボンバジェット消費状況
カーボンバジェットの消費状況は国によって大きく異なります。先進国は産業革命以降、大量のCO2を排出してきました。
特に、米国、欧州連合(EU)、日本などの先進国は、歴史的に世界のCO2排出量の大部分を占めてきました。 一方で、中国やインドなどの新興国も、近年の経済成長に伴い、排出量が急増しています。
2021年時点で、世界のCO2排出量の上位5カ国は、中国(32.0%)、アメリカ(13.7%)、インド(6.9%)、ロシア(5%)、日本(3%)となっています。これらの国々が世界全体のカーボンバジェット消費に大きな影響を与えていると言えるでしょう。
CO2排出量をめぐる公平性
CO2排出量に関しては、公平性の観点からの議論も重要になります。
前述の通り、先進国や新興国は自国の経済成長のために多くのCO2を排出しています。その結果として大気中にCO2が累積し、世界気温の上昇につながっています。
このような現状を踏まえ、2015年のパリ協定やSDGsなどをはじめ、気候変動に対する様々な取り組みが進められるようになりました。
ここで、各国間の公平性が重要な観点となります。 つまり、多くの途上国は歴史的にCO2排出量が少なく、気候変動への責任は相対的に軽いにも関わらず、先進国や途上国と同様に、CO2をはじめとした温室効果ガスの排出量削減が求められています。
一方で、こうした途上国は、そのような取り組みを進めていくための資金や技術力が相対的に乏しく、気候変動による災害でも大きな被害が出やすいため、気候変動対策においては非常に苦しい立場に置かれています。
このような歴史的な背景や経済的な条件を考えれば、どの国がどの程度CO2排出にコミットすべきなのか、先進国は途上国に積極的な支援を行うべきなのかといった公平性について議論し、それに基づいて適切な枠組みを作ることがとても重要だと言えるでしょう。
カーボンバジェットとCO2削減
カーボンバジェットを使い切らないためには、世界全体で排出されているCO2を削減していくことが求められます。
そのために重要になってくるのが、「脱炭素社会への移行」という考え方です。
脱炭素社会への移行の必要性
カーボンバジェットの制約の中で経済活動を行っていくためには、脱炭素社会への移行が不可欠です。
脱炭素社会とは、CO2の排出量を実質ゼロにする社会のことを指します。化石燃料からクリーンエネルギーへのシフト、エネルギー効率の向上、CO2吸収源の拡大などを通じて、CO2の排出と吸収のバランスを取ることが目標となります。
脱炭素社会への移行は、単なる環境対策ではなく、経済・社会システムも含めた転換を意味します。
化石燃料に依存した経済活動からの脱却、グリーン投資の拡大、ライフスタイルの変革など、多方面での取り組みが求められるでしょう。
また、公正な移行の観点から、化石燃料産業の雇用への配慮や、脆弱な立場にある人々への支援なども重要な課題となります。
以下では、脱炭素社会への移行に際して重要な取り組みを紹介していきます。
再生可能エネルギーの導入拡大
脱炭素社会の実現に向けて、再生可能エネルギーの導入・拡大は非常に重要です。
2023年における世界のCO2排出総量409億トンのうち、実に368億トンが化石燃料の使用によって発生したものです。 つまり、世界で排出されているCO2の約90%が化石燃料に由来していることになります。
一方で、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギーは、CO2排出量が少ないあるいはほとんどなく、その活用によってCO2排出量を大きく削減できる可能性があります。
このような背景から、特に欧米では再生可能エネルギーの導入が積極的に進められており、注目を集めています。
例えば、デンマークは2050年までに化石燃料の利用から完全に脱却することを国として決定し、再生可能エネルギーの導入を積極的に進めています。
その取り組みが功を奏し、2019年には国内電力消費量の実に47%が風力発電による電力で賄われました。
省エネルギーとエネルギー効率の向上
脱炭素社会の実現には、省エネルギーとエネルギー効率の向上を通じて、エネルギー消費量を削減することも求められます。
世界のエネルギー消費量は年々増加してきています。
そのエネルギー総量を石油換算すると、1965年時点では37億トンだったエネルギー消費量は年平均2.4%で増加し続け、2021年には142億トンに達しました。
実に56年の間で、世界全体のエネルギー消費量が約3.8倍にもなったのです。
特にエネルギーを盛んに消費する産業部門では、高効率な設備の導入や生産プロセスの改善などを通じて、エネルギー効率を高める取り組みが進められています。
例えば、三菱自動車は、塗料・設備の改善による乾燥炉一部廃止、省エネルギー設備などの新技術を採用した新工場をタイに設立しました。
新設備の導入などにより、この新工場では従来工場と比較して30%の省エネルギーを達成し、年間約10,000tのCO2排出量削減が見込まれています。
個人レベルでできるカーボンバジェットへの貢献
CO2排出の要因としての個人消費
これまで、カーボンバジェットの考え方やそのバジェットを使い果たさないようにするためのCO2削減事例などについて紹介してきました。
ここまでの話は国や企業といった大きな主体が中心でしたが、CO2排出削減に向けた脱炭素社会の実現には、産業界や政府の取り組みだけでなく、個人レベルでの行動も重要です。
私たち一人ひとりが、自分にできる範囲でエシカルな消費スタイルを実践していくことで、カーボンバジェットへ貢献することができます。
例えば、17年度の日本におけるペットボトル出荷本数は227億本でした。人口で単純に計算すると、一人当たりおよそ180本程度のペットボトルを消費していると言えます。
500mlのペットボトル飲料1本あたり、約120gのCO2が排出されると言われていることから、個人一人の年間ペットボトル消費だけでも約22kgのCO2排出につながっていると推計できます。
もちろん、出荷された全てのペットボトルが消費されているわけではなく、年齢などを考えても全ての人口層がペットボトルを消費しているわけでもありません。それでも、個人の消費活動によるインパクトも決して小さくないことがこの例からもわかります。
エシカル消費の実践を通してCO2排出を削減
こうした日常的な消費活動に起因するCO2排出量を削減するには、私たち一人ひとりがエシカル消費を心がけることが重要です。
とはいえ、「エシカル消費とはいっても、何から始めればいいのかわからない」という方も多いと思います。あるコンサルティングファームの調査では、日本の消費者のうち約75%がサステイナブルな商品の購入にプレミアムを支払う意欲がある一方で、実際に行動に移せているのはおよそ10%程度という分析もされています。
エシカル消費の意欲と実践の間には、大きなギャップがあるのです。
製品エシカルデータ検索サービス「Deeder」では、幅広い価格帯の製品を取り扱いながら、それぞれの製品のエシカル度をAIでスコアリングし、「見える化」しています。
様々な要素を組み合わせて製品を検索することもできるので、あなたの価値観に合った製品を簡単に見つけることができます。
ぜひDeederを活用して、エシカルな消費スタイルを、無理なくできる範囲で、あなたの生活に取り入れてみてください!
おわりに
この記事では、カーボンバジェットとは何か、どのように計算されているのか、そしてカーボンバジェットを使い果たさないために、国や企業、個人はどのような貢献ができるのかについて紹介してきました。
私たちは、年間でおよそ406億トンのCO2を排出していますが、パリ協定で合意された1.5℃努力目標の達成に向けたカーボンバジェットは2022年時点で3,800億トンしか残っていません。
このままのペースで CO2の排出が進めば、2031年にはカーボンバジェットは使い果たされ、世界中でさらなる気温上昇が起こるでしょう。
この記事が読者の皆様のお役に少しでも経てば幸いです。 最後までお読みくださり、ありがとうございました!