はじめに
近年、CO2の過剰な排出により、大気中のCO2濃度が急速に上昇し、地球温暖化が深刻化しています。産業革命前は280ppmだった大気中のCO2濃度は、2020年頃には約400ppmに達しました。
2015年に採択されたSDGsを契機に、排出量の多い先進国を中心として、世界各国がCO2排出量削減に向けた取り組みを加速させています。
しかし、CO2排出量を削減するためには、具体的にどのようにアプローチをしていけばいいのでしょうか?
こうした疑問に答えるために大変役に立つ計算式が「茅恒等式」です。
この記事では、茅恒等式の内容をデータや具体例を交えてわかりやすく解説します。
茅恒等式とは?
茅恒等式は、東京大学名誉教授の茅陽一氏が提案した計算式で、CO2排出量に影響を与える要因を分解してモデル化したものです。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のような世界的な機関でも参照されており、CO2排出量の分析に広く用いられています。
第四項の「人口」以外は、全て分数で表されていることがわかります。
分子と分母の比率を表しているのが分数なので、第四項以外の項は全てCO2排出につながる二つの要素の関係を比率で表している、と言えるでしょう。
分数の特性から、各分数における分子の値を小さくするか、分母の値を大きくすれば、それらを掛け合わせた総CO2排出量は小さくなります。
しかし、茅恒等式では「ある項の分母に設定された値は、次の項の分子に設定されている」という特徴があるため、分子の値を小さくすることに注目しましょう。
それでは、これらの各要素についてどのようなアプローチが考えられるのか、具体的に見ていきましょう。
第一項:CO2排出量とエネルギー消費量の関係
茅恒等式の第一項は、分子が「CO2排出量」、分母が「エネルギー消費量」となっています。
つまり、「より少ないCO2排出で、これまでと同じくらいの量のエネルギーを生み出せるようになる」ことが、CO2の排出量削減につながると第一項では指摘しています。
アプローチ例:再生可能エネルギーの活用
第一項に対応するアプローチ例として、再生可能エネルギーの活用が挙げられます。
2020年度の日本のエネルギー全体に占める化石燃料の割合は88.9%でした。
また、日本の温室効果ガス排出量のうち、CO2が90.9%を占め、そのCO2排出量の84.5%がエネルギー起源であることがわかっています。
このように、化石燃料に依存した発電体制が続く限り、エネルギー生成時に発生するCO2排出量を削減することは難しいでしょう。
モノが生まれてから廃棄されるまで排出されるCO2をすべて含めた排出量のことを、ライフサイクルCO2と呼びます。
各種発電技術のライフサイクルCO2排出量を比べてみると、石炭や石油、LNGなどの化石燃料技術は、その他の再生可能エネルギー技術と比較して、そのライフサイクルで圧倒的に多くのCO2を排出していることがわかります。
各種発電技術のライフサイクルCO2排出量
電力中央研究所「日本における発電技術の
ライフサイクルCO2排出量総合評価」より抜粋
このデータからも、総CO2排出量を減らすには、従来の産業が頼ってきた化石燃料から脱却し、再生可能エネルギーを活用していくことが重要だとわかります。
第二項:エネルギー消費量とGDPの関係
茅恒等式の第二項は、分子が「エネルギー消費量」、分母が「GDP」となっています。
つまり、「より少ないエネルギー消費で、これまでと同じ水準の経済活動を維持できるようになる」というのが、第二項の目標です。
アプローチ例:省エネルギー技術の開発・普及
第二項に対応するアプローチ例として、省エネルギー技術の開発・普及が挙げられます。
2021年度の日本のエネルギー消費量は、前年度に比べて9.3%増加し、3,999ペタジュールに達しました。 "ペタ"は10の15乗(1000兆倍)を表す単位です。
日本は2024年時点でGDP世界第4位ですが、主に先進国の高いGDPを支える経済活動は、莫大なエネルギーを消費することで成り立っています。
経済産業省のエネルギー基本計画によると、省エネに力を入れることで、2030年度のエネルギー需要を約2.8億kLに抑えることができると見込まれています。
同資料内で2013年度のエネルギー需要実績は約3.6億kLでした。
つまり、省エネの推進により2030年度では2013年度比で約22%のエネルギー需要量の削減が見込まれることになります。
このデータからも、エネルギー効率を高め、より少ないエネルギーで経済活動を営むためには、省エネルギー技術の開発と普及が重要な役割を果たすことがわかります。
第三項:GDPと人口の関係
茅恒等式の第三項は、分子が「GDP」、分母が「人口」となっています。
これまでの第一項と第二項では、分子の値を小さくすることで総CO2排出量の削減を目指してきました。
CO2排出量の削減は、私たちにとって最も重要な課題の一つであり、解決に向けた優先度は非常に高くなっています。
しかし、この第三項の分子に設定されている値は「GDP」です。これまでと同じ考え方をすると、「一人当たりの経済活動をより小さくとどめる」というのが第三項の目標となります。
果たして、この目標は本当に正しい目標と言えるのでしょうか?
経済成長と環境保全の関係については、現在でも様々な議論が行われています。
「経済成長を優先すべきか、それとも環境保全を優先すべきか」といった二者択一的な議論から、「経済成長と環境保全をどのように両立させるか」という相相克を目指す議論まで、様々な文脈で議論がなされています。
情報量の観点から、この記事では主要なトピックについて簡単に紹介するにとどめます。
ハーマン・デイリーの定常経済
環境経済学の先駆者であるハーマン・デイリーは、地球の有限性を考慮した「定常経済」の概念を提唱しました。
彼は、無限の経済成長を追求するのではなく、経済活動を生態系の再生能力の範囲内に抑えるべきだと主張しています。
定常経済では、物質とエネルギーのスループット(入力と出力のフロー)を一定に保ち、人口と資本ストックを適切なレベルで安定させた状態を目指します。
この状態では、経済活動の規模は生態系の許容量内に収まり、再生可能資源の利用ペースはその再生ペースを上回らず、汚染物質の排出量も自然の吸収能力の範囲内に抑えられるようになる、とデイリーは主張しています。
ただし、デイリーは定常経済の中で経済発展を否定していないことには注意が必要です。
スループットを一定に保ちつつ、より効率的・効果的にインプットされたリソースを活用することで、経済活動の質的向上を目指すこと自体は、否定的に捉えられていません。
脱成長
脱成長とは、経済成長に依存しない社会のあり方を模索する概念です。
資本主義は、経済成長を追い求めるあまり、環境破壊や資源の枯渇、不平等の拡大などの問題を引き起こしています。
脱成長では、これらの問題を解決するために、物質的な豊かさよりも幸福や社会的な満足度を重視し、サステナブルな発展を目指しています。
脱成長は、既存の経済システムを見直し、地球環境と共生する新しい経済モデルを構築するための試みです。
これにより、将来世代に持続可能で豊かな生活環境を引き継ぐことを目指しています。 ただし、脱成長をめぐっては、雇用の維持や社会保障制度への影響など、克服すべき課題も指摘されています。
グリーン成長
グリーン成長とは、環境保全と経済成長の両立を目指す考え方です。
グリーン成長では、再生可能エネルギーや省エネ技術への投資により、イノベーションと雇用を創出し、サステナブルな経済成長の実現を目指します。
グリーン成長の支持者は、環境保護を「コスト」ではなく「投資」ととらえ、環境関連産業が経済をけん引する新たなエンジンになると主張します。
各国政府もグリーン成長を後押しする政策を打ち出しており、民間企業の取り組みも活発化しています。
しかし、グリーン成長に対しては、環境配慮をアピールするだけの「グリーンウォッシュ」に過ぎないとの批判や、大量生産・大量消費型の経済構造を根本から変革するものではないとの指摘もあります。
環境クズネッツ曲線仮説
環境クズネッツ曲線仮説では、経済成長の初期段階では環境悪化が進むが、一定の経済発展状態に達すると、環境意識の高まりや技術進歩により、環境状態が改善すると考えます。
この仮説は、開発途上国が経済成長を優先し、先進国と同じ発展経路をたどることを正当化する根拠にもなっています。
しかし、地球環境問題の深刻化を受けて、この仮説への批判も根強くあります。
また、環境クズネッツ曲線は、局所的な環境問題には当てはまる傾向がありますが、温室効果ガスなどの地球規模の環境問題には必ずしも当てはまらないとの指摘もあります。
第四項:人口とCO2排出量の関係
茅恒等式の第四項は、他の項とは異なり、「人口」を整数として設定しています。
一般的に、CO2排出量は人口増加に伴って増えると考えられています。
もちろん、これまで確認してきたように、エネルギーの生成方法やエネルギー効率、国のGDPの大きさなども、CO2排出量に大きな影響を与えます。
しかし、CO2を排出する様々な活動を実際に行うのは、その地域に住む人々です。 したがって、人口規模はCO2排出量と一定の関連性があると考えられています。
茅恒等式にならった取り組み例
これまで、茅恒等式の内容を解説しながら、CO2の排出削減のために必要となるアプローチについて確認してきました。
それでは、具体的にどのような取り組みがCO2排出量削減のために行われているのでしょうか? ここでは、茅恒等式にならっていると考えられる代表的な取り組みをいくつか紹介していきます。
企業による取り組み
企業による取り組みの代表例として、製品の製造プロセスで使用する電力を、再生可能エネルギー由来のものに切り替えることが挙げられます。
例えば、キリンビールはその代表的な企業です。 キリンビールは全工場・全営業拠点の購入電力の100%を再生可能エネルギー由来のものにしています。
それだけではなく、全ての工場で重油に比べてGHG排出量が少ない天然ガスへの燃料転換を完了させるなど、CO2排出量の削減に向けたエネルギー転換を積極的に推進しています。
その他の飲料メーカーや消費財メーカーも、上場している大手企業を中心に再生可能エネルギーに由来するグリーン電力の採用を積極的に進めています。
これらの取り組みは、茅恒等式の第一項で述べられていたよう、再生可能エネルギーで生成された電力を優先的に利用することで、総CO2排出量の削減に貢献しています。
個人による取り組み
個人の取り組みの代表的な例としては、エシカル消費の実践が挙げられます。
エシカル消費とは
エシカル消費とは、製品の選択に際して価格や機能性といった従来の比較軸に加えて、その製品が環境、社会、使用者の健康に与える影響も考慮に入れて製品を選ぶ消費スタイルのことを指します。
上述のように、現在では大手企業を中心に、様々な企業がCO2排出量の削減に向けた取り組みを推進しています。
価格や機能性に大きな差がない場合、製品を選ぶ際の決め手として、メーカー企業の環境への取り組みや製品が環境に与える影響を考慮することは、個人レベルで取り組める茅恒等式にならった行動の一つと言えるでしょう。
エシカル消費の実践方法
それでは、どのようにエシカル消費に取り組んでいけばいいのでしょうか?
エシカル消費を実践するには、まず「この企業や製品は、具体的にどのようにエシカルなのか?」を判断することが必要です。
このようなエシカル情報は、メーカーの公式サイトや製品のパッケージに記載されていることが多いですが、それらを都度確認して、自分でエシカル性を判断するのは大変です。
さらに、エシカルな製品は身近で買える場所が限られていたり、価格が一般的な製品よりも高かったりすることもあります。
また、そもそも何から始めていけばいいのか分からない、という場合も多いかもしれません。
エシカルデータ検索サービス「Deeder」のようなサービスを活用すれば、誰でも簡単にエシカル消費に取り組むことができます。
Deederでは、AIを使って製品のエシカル度をスコアリングし、わかりやすく「見える化」しています。
幅広い価格帯の製品の中から、エシカル度や「再生可能エネルギー利用」などのエシカルな特徴の条件を組み合わせて検索できるため、自分の価値観にぴったりの製品が簡単に見つかります。
ぜひ一度Deederを試してみて、エシカル消費に取り組むきっかけにしていただければ嬉しいです。
おわりに
この記事では、茅恒等式の内容を解説し、それに紐づく実際の取り組み例についても紹介しました。
CO2の排出は様々な場面で行われており、その実態は茅恒等式で示しているような単純なものではないかもしれません。
それでも、茅恒等式ではCO2が排出されるに至る構造を計算式としてわかりやすくモデル化されていて、その削減のためのアプローチを検討する際に大変有用です。
この記事が読者の皆様のお役に少しでも立てれば幸いです。最後までお読みくださり、ありがとうございました!